まずは言い訳から始めさせてください(笑)。この写真を撮る前、2台あるカメラのうち1台に電池を入れ忘れていました。しかも後で見返したら、枚数も少ないし画質も悪くて……。
おまけにだ、Googleマップ使っても目的の横浜関帝廟までたどり着かない。のちほどリンクで示すが歴史的経緯により、道路が東西南北から45ドずれているのだ
googleマップを使っても目的地にたどり着けない!横浜中華街の「45度の罠」
横浜関帝廟(Google マップ) を目指して歩いているのに、なぜか道に迷ってしまう――。実はこれ、あなただけのせいではありません。 [1, 2]
歴史的な経緯を紐解くと、横浜中華街の一帯は、周辺の新しい道路や海岸線に対して綺麗に約45度斜めにズレた区画をしています。幕末の開港前、この場所は「横浜新田」と呼ばれる水田(田んぼ)地帯でした。その後、街区が整備される際に当時のあぜ道や排水路の向きがそのまま道路のベースとして引き継がれたため、周囲の近代的な碁盤の目(海に平行・垂直な道)との間に45度のギャップが生まれてしまったのです。 [1, 2]
東西南北の感覚が狂いやすいこの迷宮のような街で、西門(延平門)と東門(朝陽門)、北門(玄武門)と南門(朱雀門)をそれぞれ結んだ十字の交差点のちょうど中心に、目的地の関帝廟はひっそりと、しかし鮮やかに佇んでいます。 [1]
Googleマップも狂う迷宮。関内駅から歩く、横浜中華街「45度の罠」
[関内駅(Google マップ)] を降り、[横浜スタジアム(Google マップ)] を横目に眺めながら中華街へと向かう。中華街のエリアに入る直前までは、どこにでもある至って普通のオフィスビルが立ち並ぶ風景だ。しかし、ひとたび鮮やかな中華街の門(牌楼)をくぐり抜けると、そこからはまるで別世界。目的地である [横浜関帝廟(Google マップ)] を目指して、迷宮のような中をさまよい歩くことになる。
Googleマップを頼りにしているのに、なぜか道に迷ってしまう――。実はこれ、歴史的な経緯が原因だ。横浜中華街の一帯は、周辺の道路や海岸線に対して綺麗に約45度斜めにズレた区画をしている。幕末の開港前、この場所は「横浜新田」と呼ばれる水田(田んぼ)地帯だった。その後、街区が整備される際にあぜ道や排水路の向きがそのまま道路のベースとして引き継がれたため、周囲の近代的な碁盤の目との間に45度のギャップが生まれてしまったのだ。
東西南北の感覚が狂いやすいこの街で、西門と東門、北門と南門を結んだ十字のちょうど中心近くに、関帝廟は佇んでいる。
ここからは案内の方の指示に従い、中国式の作法に倣って進めていく。本殿の手前にある5つの香炉へ順番にお線香を捧げていく。その最中、地元の方だろうか、神前に向かって熱心に、切実な思いを語りかけるように手を合わせている人の姿が目に留まった。
その張り詰めた真剣な空気を感じた瞬間、ハッとした。ここは単なる賑やかな「観光地」ではない。今も人々の暮らしと祈りが息づく、神聖な「信仰の場」なのだと気付かされた。
このあと台湾唐揚げのを食べた。大きさケンチキよりデカイ。思ったより腹持ちが良かった。
お土産に台湾クッキーやごま団子を買いながら、ふとあることに気がついた。以前ここにあったはずの、本格的なコース料理を出す老舗の中華料理店がほとんど見当たらないのだ。その代わりに街を埋め尽くしているのは、どこもかしこも「食べ放題」の看板と、ファストフード感覚で気軽に立ち寄れるお店ばかりだった。
そんな移り変わりゆく街並みを眺めていると、目の前のお店から女性たちの話し声が聞こえてきた。彼女たちは中国語と日本語を器用に混ぜ合わせながら、近所のお店の人と楽しそうにおしゃべりをしている。
その言葉のちゃんぽんを聞きながら、観光地として形を変えながらも、この場所が彼女たちにとって地続きの「生活の場」であることを改めて実感した。
